8
翌朝早く、三人は任務へと赴いた。
アレンにとってこの時空では、
今日がエクソシストとしてはじめての任務になる。
今までAKUMAとは幾度となく対峙していたが、
仲間と一緒に連携して戦ったことなどない。
以前の記憶がもどった彼にとっては、恐れるに足らないことだったが、
たった一つ違う事。
それは呪われた眼がない故の苦悩。
いち早く敵を見抜けない事にあった。
そんな状況下における一対一での戦いのメリットは、
己の身を守るだけで済むことだった。
複数のファインダーや仲間と一緒に戦うという事は、
他のメンバーに迷惑をかけないように気をつかわなくてはいけない。
それがいかにしんどいことか、今のアレンには良くわかっていた。
以前神田が、共に戦う相手に厳しい言葉を連発していたが、
それはこういうことを意味していたのだろう。
自分の身は自分で守れ。気を引き締めて戦えという、
あれは暗黙の激励だったにちがいない。
AKUMAの姿が見える自分には、到底気付く事の出来ない、
彼なりの励ましの言葉だったのだ。
「おい、今回の奴はレベル2のAKUMAだ。気を許すなよ!」
神田がアレンの耳元で呟く。
「……はい!」
何気ない神田の一言が、素直にアレンの中に染み入る。
そんな二人の様子を見て、ロストが不思議そうな顔をした。
「へぇ……めずらしいな。神田が仲間のことを気にかけて、
おまけにアドバイスまでするなんて」
彼の独り言を小耳にして、アレンは一瞬冷やりとする。
確かに彼の言うとおりだ。
神田という男は、一見冷徹で酷く口が悪い。
他人に気遣いを見せるなどあるはずがなかった。
――― もしかして、気付かれた?
自分が何かとてつもなく悪い事をしでかしている気がして、
罪悪感が拭えない。
目の前の純粋そうな少年が、
昨夜の二人の関係を知ったらどう思うのだろう。
「危ないっ!」
遠くからファインダーの声が響く。
気付いた時には既に遅かった。
瞬間、目の前に黒い影が現れたと思うと、グサリという鈍い音が鳴り響く。
それと同時に真っ赤な鮮血が、あたり一面に飛び散った。
「かっ、かんだっ!」
アレンが一瞬気を逸らした隙に、
AKUMAが彼を狙って戦いを仕掛けてきたのだ。
そんなアレンを庇って、神田が間に割り込み、
六幻でその鋭い刃を寸でのところで食い止めたものの、
わずかに反れた刃先で肩に傷を追ったのだった。
「……くっ……」
目の前の神田が辛そうに顔を歪める。
「こ、このやろうっ!」
しゃがみ込んだ神田を庇うように、目の前に回りこむ。
そんな二人を切り刻もうと、
巨大な鋭い刃をむき出しにしたAKUMAが再び切りかかってきた。
このままでは二人ともAKUMAに殺られてしまう。
そして、何よりも大事な神田を傷つけた、
目の前の敵が無性に憎かった。
――― 殺られてたまるもんかっ!
アレンの左腕が禍々しく形状を変え、
その中心部から炎の如き弾丸を放つ。
弾丸の勢いは今までアレンが経験もしていなかったほどに強く、
あっという間に敵を打ち抜いた。
「なっ、なんなんだ! これはっ! わぁぁ……」
周りにいた者全てが、その雰囲気に圧倒される。
皆が苦戦する敵を、
たったの一撃で倒してしまったのだからそれも無理はなかった。
昔見たレベル2のAKUMAは、魂の劣化が激しく酷く辛そうだった。
以前は自分の目に見えたはずの魂の姿が、今は全く見えない。
それは不幸中の幸いと言うべきだったのだが……。
自分の反応が遅れてしまったのも、
あの呪われた眼を失ったっせいで、AKUMAをすぐに見抜けなかった事にある。
その上、いらぬ事に気を取られ、
神田に傷を追わせてしまうなど、何という失態だろう。
向こう側では、ロストが大勢のAKUMAを相手に、
その巨大な腕を振るっていた。
レベル1の雑魚相手ではあるが、
その戦いぶりは機敏で見事なものだった。
まるで昔の自分を垣間見ているようだ。
寄生型の腕はアレンと同じものだが、まだ形状を進化できないらしく、
その腕は巨大化しているだけだ。
――― そういえば、マテールの街で神田が敵にやられて……あの時、
怒りが抑えられなくて、思わずイノセンスの形状を変えたんだっけ……。
全ては神田を思ってのことだった。
神田に救われ、神田に成長させられている。
「神田っ!」
肩に傷を追った神田に目をやると、彼は片手で傷口を塞いでいる。
だが幸いにも、傷はそう深くなさそうだ。
「……よかった……」
ほっと胸を撫で下ろす。
そんなアレンに向かって、
向こう側から駆け寄ってきたロストが大きな声を張り上げた。
「良くないよ! キミがぼうっとしてるからいけないんだろ?
神田っ! 大丈夫っ?」
アレンを手で押しのけると、神田の傍らに進み寄る。
「ああ、これぐらいの傷…… なんでもねぇ……」
「良くないよ! 早く手当てしなきゃ!」
「そんなもん、後回しだっ。それよりイノセンスの回収が先だろ!」
きっと睨みつけられて、さすがのロストも一歩たじろぐ。
「あ…それなら僕が行きますっ!
神田は手当てをしてもらってください……」
アレンは胸の痛みを堪えながら、
イノセンスを回収するためにその場を離れた。
思っていたよりその後のイノセンスの回収は簡単に済み、
医療班の応急処置を済ませた後、アレンたちは帰路についたのだが……。
ホームへ帰る汽車の中の三人は見事なほど無口で、
いつも穏やかなはずのロストの雰囲気が殊の外苛立っているのが見て取れた。
ロストが自分を怒鳴ったのは、当然の事だから仕方がない。
だが、もともと温厚であろうはずの彼が、あれだけ声を荒げるのだ。
彼の神田への想いも相当なものなのだろう。
そんな二人を見るだけで、アレンの心中は穏やかではいられなかった。
神田は黙って座ったまま、窓の外を眺めている。
ロストはその横に陣取り、時折何か話しかけたりしていたが、
神田は傷が痛むのか無愛想に返事を返すだけだった。
「すみません……やっぱり、傷…痛みますか?」
アレンが申し訳なさそうに言うと、
神田はロストへの返事とは明らかに違う声色を秘めて、それを否定する。
「このぐらいほんのカスリ傷だ。
AKUMAと殺りあってりゃ、普通だろ。気にすんじゃねぇ。」
「……はい」
すると隣にいたロストが、表情を険しくしてアレンを睨みつける。
アレンが堪りかねて席を立とうとすると、
神田が怪訝そうな顔でそれを引き止めた。
「お前……何処へ行くつもりだ?」
「えっと…その、ちょっと気分が悪いので、外の空気を吸ってきます」
昨日から何度となく同じ台詞を言っている気がする。
自分も嘘が下手だなと心の中で苦笑いしながら、
それでもその場に留まるのが辛くて席を立った。
神田は何か言いたそうにしばらくアレンを見詰めていたが、
やがて隣にいるロストが不思議そうに二人を眺めている事に気がつき、
それ以上引き止める事を断念した。
「……はぁ……」
大きな溜息をつきながら、二人から離れてデッキに腰を下ろす。
これからこんな毎日が続くのだと思うと、
それこそここが地獄のような気さえしてくる。
すると、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
「アレン……大丈夫?」
「あ……うん、大丈夫だよ?心配して来てくれたの?」
声の主はロストだった。
「うん……ちょっと、さっきは言いすぎちゃって……ごめんなさい。
僕、神田が怪我しちゃったもんだから、ついカッとしちゃって。
アレンだって初めての任務だったのに……」
申し訳なさそうに俯く。
今の自分が失ってしまった何かをこの子は持っている気がして、
アレンの心の内側が微かに波立った。
「いや、そんなこと気にしてないよ。
神田が怪我をしたのは確かに僕のせいだし、キミが怒るのも当然だよ」
アレンは無理に笑顔を作ってみせた。
「けど……」
ロストの表情が瞬時に暗くなる。
「神田が誰かを庇って怪我するなんて、考えられないんだ……。
それに、夕べから何となく神田の雰囲気が変なんだよね」
「えっ?……変?」
「うん。そうなんだ」
アレンは掌にいやな汗を滲ませた。
「ねぇ、アレン……夕べ、神田と何かあった?」
「え?」
「不躾な質問だっていうことはわかってます。
けど、夜中にしばらく神田が宿を抜け出してたんだよね。
だから何だって言われればそれまでなんだけど……」
神田はロストを寝かしつけてきたと言っていたが、
おそらく彼は何かを勘付いていたのだろう。
だとすれば自分が宿を抜け出していて、明け方彼と一緒に宿に戻ったことなど、
ファインダーに聞けばすぐにバレてしまう事だ。
アレンは言い訳を考えながら、いつも女性にするようなポーカーフェイスでそれに答えた。
「うん……隠す必要もないから話すけど、夕べ僕、
酷いホームシックにかかっちゃってね。
ほら、教団に入団してから初めての任務でしょ?
環境も何もかも違いすぎて動揺しちゃってたみたいで。
だから恥ずかしい話、宿をこっそり抜け出して泣いてたんだよ」
「ホームシック?」
「そう、ホームシック。情けないだろう?」
アレンは軽く肩をすくめて見せた。
「けど、そんな時間にエクソシストがふらふらと外に出かけていい訳がなかったんだよね。
ほら、僕はまだ新米だから教団の皆にも信用ないし。
大事なイノセンスの適合者が逃げでもしたら大変でしょう?
だから神田が見張りついでに追いかけてきたんだよ」
「じゃあ、夕べは神田と一緒だったんだ……」
「ええ、みっともないところ沢山見られちゃいました。
僕が泣き止むまで、黙って側にいてくれて。
普段は怖そうな人ですが、本当は優しい人なんですよね。きっと……」
アレンが微笑むと、ロストはほっとした表情を見せた。
「じゃあ、神田とは別に……」
「とりわけ変わったことはないよ?」
「けど、アレンが神田を見る目、何となく辛そうだよ?」
アレンは少年の言葉にどきりとする。
恋とは何という恐ろしいものなのだろうか。
好きな相手にまつわることは、些細なことまで感じ取ってしまうのだから。
「……ああ……それは……」
「それは?」
「神田を見てると、好きだった人のことを思い出すんです。
綺麗な長い髪とか、白い肌とか。
僕の好きな人も、エキセントリックでかなりの美人でしたからね」
「へぇ、そうなんだ」
ロストはほっとしたような表情を浮かべる。
「けど、キミはよっぽど彼のことが好きなんですね?」
「えっ? ち、違いますよっ!
ただ朝から僕が話しかけても上の空って言うかなんていうか……なのに、
アレンのことはしっかり気にかけてるから、ちょっと変だなって思っただけで……」
真っ赤になって慌てる仕草が、何とも言えず愛らしい。
髪の色が白くても、顔に傷があっても、
人は仕草一つでこんなにも可愛く見えるものなのだ。
神田がこの子を好きになったのも頷ける気がした。
自分が嫌っていた顔と髪を持つ少年が、
こんなにも羨ましく思えるとは想像も出来なかった。
そして、神田が自分のことを気にかけてくれていると言うことも、
アレンの気持ちを浮上させるには十分すぎた。
夕べの儚い情事の後、確かに神田のアレンに対する態度は違っていた。
それはアレンも薄々感じてはいたのだが。
そんなあからさまな態度を、恋人であるロストが気ずかぬわけがない。
時空を超えた恋人もまた、自分が愛した神田と同じ不器用で優しい彼なのだ。
アレンの中の神田への想いが、また沸々と湧き上がる。
――― 僕はやっぱり神田が好きだ……。
もしかしたら、神田は自分のことを好きになってくれるかもしれない。
また前のように愛してくれるかもしれない。
そんな甘い考えがアレンの脳裏をよぎる。
だが、そうなれば必ず悲しむ者が出る。
自分の身勝手で、目の前の少年を悲しませることは当然気がひけた。
もし神田が了解してくれるなら、水面下での情事を続けながら過ごすのが、
お互いのためなのだろうか。
そんなことを考えていると、目の前の少年が、哀しげな顔をしてアレンに告げた。
「ねぇ、もしアレンが一人で淋しい思いをしているなら、
僕が力になりたいんだ……僕で出来る事なら何でも言って欲しい。
それと、神田は一度背負い込むと、とことん抱えてしまうタイプなんです。
だからもし彼を巻き込みそうになったら、僕が代わりに引き受けます。
……だから……」
神田を巻き込むな。これ以上彼に関わるな。
そう言いたいのだ。
一見、純真な少年を装いながら、
目の前の男はしっかりアレンへ牽制を仕掛けている。
さすがにひねた性格まで自分に良く似ているんだと、アレンは心の中で自嘲した。
この少年が黙って身を引くわけがない。
だとすれば、当然神田は彼を傷付けない方法を選ぶだろう。
途中で割って入った自分を、神田が優先するとは到底考えられない。
むしろ、そんな真面目で不器用な神田だからこそ、自分は彼に惹かれたのだから。
「ありがとう。じゃあ、これからは色々と相談させてもらいますね?」
アレンは上手に取り繕った笑顔で、ロストにお礼を言った。
「じゃあ、これからもヨロシクね?アレン」
ロストはにこやかに笑って、神田の待つ車内へと踵を翻した。
「……はぁ……」
ロストの後姿を見送り、今日何度目か知れない溜息をつく。
このまま黙って二人を容認し、自分は仲間の位置に甘んじているべきなのか。
それとも……愛しい人を、この手に取り戻すべきなのか。
「今更そんなコトできないよね……。
でも、神田が誰か他の人のものになるくらいなら……
死んだ方がマシだ……」
喉から絞り出すような声で呟く。
そんな台詞をかき消すように列車の汽笛が鳴り響き、
アレンはうずくまって膝を抱え込むと、
声を殺して小さな嗚咽を漏らすのだった。
《あとがき》
ロストくん……(;´∀`)
アレンと同じ見た目なのに、ちいっと性格悪く書き過ぎですかね?;
けど、神田を好きな彼にしてみれば、アレンは紛れもないライバルな訳ですからね。
ある意味、いきなり現れて神田を寝とったアレンの方が悪者ということになるのですが……。
ま、そこはそこ、ここはここ。←どんな言い訳;
これから先も、どんどん切なくなってきますよんww
つづきも楽しみにしていらして下さいね〜ヽ(*'0'*)ツ
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